こんにちは。日本文化ラボ(Nippon Culture Lab)、運営者のsamuraiyan(さむらいやん)です。
京都の老舗パン屋を調べると、必ずといっていいほど名前が出てくるのが「進々堂」です。
京都駅や三条河原町、北山などで進々堂を見かけたことがある人も多いと思います。でも、「進々堂はいつ創業したの?」「なぜ京都でフランスパンを広めた店として知られているの?」「京大北門前の進々堂とは同じ会社なの?」「デイリーブレッドにはどんな歴史があるの?」と聞かれると、意外と知らないことも多いですよね。
結論から言うと、進々堂は1913年に京都で創業し、本場ヨーロッパのパン文化とカフェ文化を京都へ伝えてきた老舗ベーカリーです。
特に創業者・続木斉(つづき ひとし)が1924年にフランスへ渡り、パンの理論と技術を学んだことは、進々堂だけでなく京都のパン文化を考えるうえでも重要な出来事でした。
帰国後にはフランスパンの製造・販売を始め、1930年には京都大学農学部の近くに本格的なフランス風カフェを開設。1952年には日本最初のスライス済み包装食パン「デイリーブレッド」を発売しています。
この記事では、進々堂の創業から現在までの歴史、店名の由来、続木斉のフランス留学、京大北門前カフェ、デイリーブレッド、レトロバゲット”1924″、そして京都の朝食文化やパン文化に与えた影響まで詳しく紹介します。
この記事でわかること
- 進々堂が1913年に京都で創業した経緯
- 「進々堂」という店名の由来
- 創業者・続木斉がフランスへパン留学した理由
- 進々堂が京都にフランスパン文化を広めた歴史
- 京大北門前カフェ進々堂と現在の株式会社進々堂との関係
- デイリーブレッドが日本の食パン文化に与えた影響
- レトロバゲット”1924″に込められた意味
- 京都で進々堂を朝食に利用するときのポイント
- 進々堂とは?1913年創業の京都を代表する老舗パン屋
- 「進々堂」という店名の由来は聖書にある
- 進々堂の歴史|京都の小さなパン屋から100年以上続く老舗へ
- 進々堂が京都に本格的なフランスパンを広めた
- 1930年に京都初の本格フランス風カフェを開いた
- 「京大北門前カフェ進々堂」は現在の株式会社進々堂とは別法人
- 1952年発売「デイリーブレッド」が日本の朝食を変えた
- レトロバゲット”1924″は創業者のフランス留学を受け継ぐパン
- 進々堂は「フランスのパン文化を京都で育てる」老舗
- 進々堂の店舗は「パンを買う店」と「朝食を楽しむ店」で選ぶ
- 進々堂で初めて買うなら何がおすすめ?
- 進々堂と志津屋の違いは?
- 進々堂に見る京都の老舗企業文化
- よくある質問
- 進々堂の歴史から見える京都のパン文化
進々堂とは?1913年創業の京都を代表する老舗パン屋
進々堂は、1913年(大正2年)4月に京都で創業したベーカリーです。

公式の歴史によると、創業者の続木斉・ハナ夫妻が、現在の京都市左京区にあたる旧制第三高等学校の東側で「進々堂」を開業しました。
現在の進々堂は、パンや洋菓子の製造・販売だけでなく、サンドウィッチや惣菜などの調理食品、カフェ・レストラン事業も展開しています。
2026年6月時点の公式会社情報では、株式会社進々堂の従業員数は644人。現在の本社・工場は京都市伏見区深草にあります。
進々堂の基本情報
- 創業:1913年(大正2年)4月
- 創業者:続木斉・ハナ夫妻
- 創業地:京都市左京区・旧三高東側
- 現在の本社:京都市伏見区深草西川原町
- 代表取締役社長:続木創氏
- 従業員:644人、うち正社員97人(2026年6月現在)
- 事業:パン・洋菓子・サンドウィッチなどの製造販売、喫茶・飲食業
京都には多くの老舗がありますが、進々堂の特徴は、単に100年以上営業していることではありません。
創業の比較的早い段階から海外へ目を向け、本場ヨーロッパのパンと食文化を学び、それを京都へ持ち帰ったことに大きな特徴があります。
「進々堂」という店名の由来は聖書にある
「進々堂」という名前を見ると、「前へ進む」という意味がありそうだと感じますよね。
そのイメージは間違っていません。
進々堂公式の「続木斉物語」では、店名は新約聖書の「フィリピの信徒への手紙」第3章13〜14節をヒントに名付けられたと紹介されています。
創業者・続木斉は学生時代、内村鑑三の門下生として聖書や近代思想を学んだクリスチャンでした。
過去にとらわれるのではなく、目標に向かって前へ進む。
その精神が「進々堂」という名前につながっています。
進々堂の名前の由来「進々堂」は、創業者・続木斉が学んだ聖書の教えを背景に、目標に向かって前へ進む姿勢を表す名前として付けられました。
進々堂の歴史を見ていくと、この名前はとても象徴的です。
創業後すぐに火災に遭っても再出発し、海外へパンを学びに行き、新しい設備を導入し、カフェをつくり、包装食パンを開発する。
まさに「進み続ける」企業の歴史になっています。
進々堂の歴史|京都の小さなパン屋から100年以上続く老舗へ
進々堂の歩みを追うと、日本のパン文化がどのように発展してきたのかも見えてきます。
1913年|続木斉・ハナ夫妻が進々堂を創業
進々堂は1913年、続木斉・ハナ夫妻によって開業しました。
公式の創業者物語によると、親族が営んでいたパン屋を譲り受けたことが始まりです。
当時の日本では、パンは現在ほど当たり前の食べ物ではありませんでした。
明治以降、西洋文化が入ってきたことでパン食も少しずつ広がっていましたが、家庭の主食といえばまだ米が中心の時代です。
そんな時代に京都でパン屋を始めたこと自体が、新しい文化への挑戦でした。
1914年|火災で店舗を失い堀川竹屋町へ移転
創業翌年の1914年、進々堂は火災によって店舗を失います。
しかし営業を断念せず、堀川竹屋町へ移転しました。
さらに1915年には大正天皇の御大典が二条離宮で行われ、その周辺にあった進々堂も多くの客で賑わったと公式沿革に記録されています。
創業早々の火災を乗り越えたことが、その後の発展につながったわけです。
1924年|続木斉がフランスへパン留学
進々堂の歴史で最も重要な出来事のひとつが、1924年の創業者・続木斉の渡仏です。
進々堂公式サイトでは、続木斉は日本人のパン屋として初めてフランスへパン留学した人物として紹介されています。
1924年4月15日に日本を出発し、長い船旅を経てパリへ到着しました。
パリを拠点に2年以上ヨーロッパを巡り、パンの理論と実技を学びました。
現在なら海外の製パン技術を学ぶことは珍しくありませんが、大正時代に日本からヨーロッパまでパンを学びに行くのは大きな決断だったはずです。
続木斉は本場で出会ったフランスパンに強い感銘を受けます。
そして帰国後、本格的なフランスパンを京都で製造・販売することになります。

1924年のフランス留学が重要な理由
- 日本人のパン屋として初めてフランスへパン留学したと公式に紹介されている
- パリを中心にヨーロッパのパン文化を学んだ
- 帰国後、本格的なフランスパンを京都で製造・販売した
- 現在の進々堂がフランスパンを重視する原点になった
- カフェ文化を京都へ取り入れるきっかけにもなった
進々堂が京都に本格的なフランスパンを広めた
続木斉がヨーロッパから持ち帰ったのは、レシピだけではありません。
公式沿革によると、ドイツのヴェルナー社から窯を取り寄せ、アメリカからコンプレストイーストを取り寄せてフランスパンづくりを始めています。
つまり、形だけフランスパンに似せたパンではなく、設備や材料、製法まで本格的に整えようとしたわけです。
進々堂が現在までフランスパンをブランドの中心に置いている理由は、この創業者の考え方にあります。
京都は伝統文化の街というイメージが強い一方で、新しい技術や文化を比較的早く取り入れてきた街でもあります。
大正時代に本場フランスのパン文化を持ち込んだ進々堂の存在は、そうした京都の「新しいものを受け入れる文化」を象徴する例のひとつです。
京都のパン文化をもっと詳しく知りたい人へ京都でパンがよく食べられる理由や老舗ベーカリーについては、京都のパン文化とは?消費量日本一の理由・老舗パン屋・人気店を解説でも詳しく紹介しています。
1930年に京都初の本格フランス風カフェを開いた
続木斉がヨーロッパから持ち帰ったもうひとつの文化が「カフェ」です。
1930年、京都大学農学部の近くに本格的なフランス風カフェを建築しました。
公式沿革では、これを京都で初めての本格的フランス風カフェとして紹介しています。
店名は「ノートル・パン・コティディアン」。フランス語で「私たちの日々のパン」という意味につながる名前です。
続木斉がパリの学生街で目にしたのは、学生や教授がカフェに集まり、パンを食べ、コーヒーを飲みながら議論する光景でした。
単に飲食する場所ではなく、人が学び、考え、語り合う場所です。
その文化を京都にも作りたいという思いから、京都大学の近くにカフェを開きました。

学生に「本当のパン」とコーヒーを届けたかった
進々堂公式沿革では、続木斉が「日本の将来を担う学生たちに、本当のパンらしいパンと、香り高いコーヒーを提供したい」という思いを込めて店をつくったことが紹介されています。
その後、この店には京都大学の学生や教授たちが集まるようになりました。
パンとコーヒーを食べながら本を読み、議論し、考える。
現在ではごく自然なカフェの使い方ですが、昭和初期の京都ではかなり新しい光景だったでしょう。
京都の喫茶店文化とパン文化が深く結び付いている背景には、こうした歴史があります。
京都のモーニング文化も合わせて知りたい人へ京都の喫茶店とパンの関係については、京都の喫茶店モーニング文化|パン消費量が多い理由と名店を紹介も参考になります。
「京大北門前カフェ進々堂」は現在の株式会社進々堂とは別法人
ここは少し注意が必要です。
「進々堂 京大北門前」と検索すると、現在も京都大学北門前に歴史あるカフェが存在します。
しかし現在の「京大北門前カフェ進々堂」は、株式会社進々堂の直営店ではありません。
公式沿革によると、創業者・続木斉の長男で、株式会社進々堂の初代社長となった続木猟夫氏が店を受け継ぎ、その後、猟夫氏の孫・川口聡氏夫妻が別法人として継承しています。
つまりルーツは同じですが、現在は経営が分かれています。
京大北門前カフェ進々堂について歴史的には進々堂創業者・続木斉が開いたカフェですが、現在は株式会社進々堂とは別法人です。株式会社進々堂の公式店舗一覧にある直営ベーカリー・レストランとは営業主体が異なります。
この違いを知っておくと、店舗情報や営業時間を調べるときに混乱しにくくなります。
1952年発売「デイリーブレッド」が日本の朝食を変えた
進々堂の歴史で、フランスパンと並んで重要なのがデイリーブレッドです。
1952年3月、進々堂は「デイリーブレッド」を発売しました。
公式沿革では、これを日本最初のスライス済み包装食パンとしています。
今ではスーパーで売られている食パンが切られて袋に入っているのは当たり前です。
しかし1950年代初頭には、食パンをあらかじめ均一な厚さにスライスし、包装して販売すること自体が新しい試みでした。
切る手間をなくし家庭で使いやすくした
食パンがあらかじめスライスされていれば、家庭では袋から出してすぐトーストできます。
毎朝パンを切る必要がなく、厚さもそろっています。
小さな違いに見えるかもしれませんが、毎日の朝食ではこうした便利さが大きな意味を持ちます。
翌1953年には自動包装機を使った量産化にも成功しました。
デイリーブレッドは非常によく売れ、1957年には工場を拡張・大改修するほどだったと公式沿革に記されています。
進々堂が本格的なフランスパンだけでなく、「毎日食べる食パン」にも力を入れてきたことがわかります。
デイリーブレッドの歴史的なポイント
- 1952年発売
- 公式沿革では日本最初のスライス済み包装食パン
- 1953年には自動包装機を導入して量産化
- 家庭でパンを食べやすくする商品だった
- 現在も進々堂を代表する食パンシリーズとして販売されている
デイリーブレッドは現在も販売されている
70年以上前に誕生したデイリーブレッドですが、現在も進々堂の定番商品です。
2024年11月には、創業者・続木斉のフランス渡航100周年を機にリニューアルされました。
現在は「プリミエール」「ウィンザー」「マイディア」などが展開されています。
プリミエールは小麦の味わいを生かしたシンプルなタイプ、ウィンザーはバターの風味を楽しめるタイプなど、それぞれ特徴があります。
昔の商品をそのまま保存するのではなく、時代に合わせて品質を見直しながらブランドを受け継ぐ。
ここにも進々堂らしい老舗企業の姿勢が見えます。
レトロバゲット”1924″は創業者のフランス留学を受け継ぐパン
進々堂でフランスパンを選ぶなら、知っておきたいのがレトロバゲット”1924″です。
商品名に入っている「1924」は、創業者・続木斉がフランスへ渡った年です。
つまり、このパンは単なる商品名として「1924」を付けたのではなく、進々堂の原点を表しています。
フランス産小麦を使った本格バゲット
進々堂公式サイトによると、レトロバゲット”1924″にはフランス産小麦を使用しています。
低温で一晩じっくり発酵させ、多めの水分を含ませた生地を高温でしっかり焼き込むことで、外側はパリッと、内側はしっとりした食感に仕上げています。
噛むほどに小麦の風味を感じられるのが特徴です。
2006年のバゲットコンクールで準グランプリ
2006年には、フランス産小麦を使ったバゲットコンクールで準グランプリを受賞しました。
公式沿革にも、この出来事が進々堂の歴史として記録されています。
1924年に創業者がフランスへ学びに行き、その精神を受け継いだバゲットが80年以上後に評価されたことになります。
レトロバゲット”1924″の特徴
- 1924年の創業者渡仏にちなんだ名前
- フランス産小麦を使用
- 一晩かけて低温発酵
- 高加水の生地を高温で焼き込む
- 外は香ばしく、中はしっとり
- 2006年のバゲットコンクールで準グランプリ
初めて進々堂でパンを買うなら、デイリーブレッドとレトロバゲット”1924″を食べ比べてみるのも面白いと思います。
ひとつは毎日の朝食を支えてきた食パン、もうひとつは創業者のフランス留学を受け継ぐハード系パン。
この2つを見るだけでも、進々堂という会社の幅がわかります。
進々堂は「フランスのパン文化を京都で育てる」老舗
進々堂は、フランスの文化をそのままコピーしてきたわけではありません。
本場の考え方や技術を学びながら、京都の生活に合う形へ変えてきました。
その流れを象徴する取り組みのひとつが「京小麦」です。
2024年は、続木斉がフランスへ渡ってから100周年にあたりました。
進々堂では、この節目に「フランスのパン文化を京小麦で」というテーマを掲げ、京都の気候や風土で育った小麦を使ったパンづくりにも取り組んでいます。
100年前は京都からフランスへ学びに行った。
そして100年後は、そこで学んだ文化を京都産の素材で表現する。
この流れは、進々堂の歴史を考えるうえで非常に象徴的です。
進々堂の店舗は「パンを買う店」と「朝食を楽しむ店」で選ぶ
現在の進々堂には、パンを買うことを中心とした店舗と、レストランやイートインを併設した店舗があります。
そのため、京都旅行で利用するときは「何をしたいか」で店舗を選ぶと失敗しにくいです。
JR京都駅前店|移動前にパンを買いたい人向き
観光客に利用しやすいのがJR京都駅前店です。
2026年9月1日時点の公式店舗情報では、JR京都駅中央出口から北へ約50m、京都駅前JRバスチケットセンター内にあります。
営業時間は7:30〜19:30です。
ベーカリーショップなので、レストランでゆっくり食事するというより、パンやサンドウィッチを購入する使い方に向いています。
朝食をホテルに持ち帰る、観光へ出発する前に買う、新幹線の中で食べるパンを選ぶといった使い方が便利です。
三条河原町店|京都観光と朝食を組み合わせやすい
三条河原町店は、京都中心部で朝食を楽しみたい人に便利です。
2026年9月1日時点の公式情報では、レストランのモーニングは7:30〜11:00。
鴨川や三条通、河原町周辺の観光と組み合わせやすい立地です。
ショップだけでなくレストランもあるため、パンを買うだけではなく、座って朝食を取りたい人に向いています。

北山店|進々堂の旗艦店でゆっくり過ごしたい人向き
北山店は公式サイトでも「旗艦店」と紹介されている店舗です。
地下鉄烏丸線北山駅2番出口すぐで、京都府立植物園にも近い場所にあります。
1階にはレストラン、2階には購入したパンを食べられるイートインスペースがあります。
2026年9月1日時点では、レストランのモーニングが7:30〜11:00。
観光地を急いで回るより、京都の朝をゆっくり楽しみたい人に向いています。
| 店舗 | 特徴 | おすすめの使い方 |
|---|---|---|
| JR京都駅前店 | 京都駅から近いベーカリーショップ | 新幹線・観光前後のパン購入 |
| 三条河原町店 | ベーカリー&レストラン | 河原町・三条観光とモーニング |
| 北山店 | レストランとイートインを備える旗艦店 | ゆっくり朝食、植物園と組み合わせる |
| 寺町店 | 旧本社工場の歴史を感じられる店舗 | 進々堂の歴史を感じながら食事 |
京都で朝からパン屋を巡りたい人へ早朝から営業している京都のパン屋については、京都のパン屋・朝営業は6時半が鍵!早起き必至の名店と活用術も参考にしてください。
進々堂で初めて買うなら何がおすすめ?
進々堂には多くの商品がありますが、歴史を知ったうえで初めて買うなら、まずは定番から選ぶのがおすすめです。
| 商品 | 特徴 | おすすめの人 |
|---|---|---|
| レトロバゲット”1924″ | 創業者の渡仏年を冠したフランス産小麦のバゲット | 進々堂の原点を味わいたい人 |
| デイリーブレッド プリミエール | 小麦の味を生かしたシンプルな食パン | 毎日の朝食用に買いたい人 |
| デイリーブレッド ウィンザー | バターの芳醇な風味を楽しむ食パン | トーストで楽しみたい人 |
| バゲット | 香ばしく食事に合わせやすい定番フランスパン | 料理と一緒にパンを楽しみたい人 |
| サンドウィッチ・調理パン | 移動中や昼食に使いやすい | 京都駅などで手軽に食べたい人 |
特に「進々堂らしさ」を知りたいなら、レトロバゲット”1924″は候補に入れたい商品です。
柔らかいパンが好きなら、デイリーブレッドから試すと入りやすいと思います。
進々堂と志津屋の違いは?
京都の老舗パン屋として進々堂とよく並べて語られるのが志津屋です。
どちらも京都を代表する存在ですが、歴史的な役割には違いがあります。
進々堂は1913年創業。
創業者がフランスへ留学し、本格的なフランスパンとカフェ文化を京都へ伝えました。
一方の志津屋は1948年創業で、カルネなどのパンを京都駅や地下鉄駅など生活に近い場所で販売し、京都の日常食として根づかせてきた特徴があります。
| 進々堂 | 志津屋 | |
|---|---|---|
| 創業 | 1913年 | 1948年 |
| 歴史的特徴 | 本格的なフランスパン・カフェ文化を紹介 | 京都の日常生活にパンを定着 |
| 代表的商品 | デイリーブレッド、レトロバゲット”1924″ | カルネ、元祖ビーフカツサンド |
| 旅行者の使い方 | パン購入+レストラン・モーニング | 駅などで手軽に購入 |
京都のパン文化を知るなら、どちらか一方だけではなく両方を見ると理解しやすくなります。
進々堂からは「京都が西洋のパン文化をどう取り入れたか」が見え、志津屋からは「パンが京都の日常へどう定着したか」が見えてきます。
京都の老舗パン屋をまとめて比較したい人へ進々堂・志津屋・まるき製パン所などをまとめて知りたい場合は、京都の老舗パン屋めぐり|進々堂・志津屋・人気店と朝食文化を紹介も参考にしてください。
進々堂に見る京都の老舗企業文化
進々堂が100年以上続いてきた理由を考えると、「伝統を守る」と「新しいことに挑戦する」を両立してきたことが見えてきます。
1913年にパン屋を始める。
1924年には海外へパンを学びに行く。
1930年には本格的なフランス風カフェをつくる。
1952年にはスライス済み包装食パンを発売する。
2006年には新しい製法を追求したレトロバゲット”1924″が評価される。
2024年には京小麦を使ったパンへ挑戦する。
こうして見ると、進々堂は「昔から同じ商品を売っているだけの老舗」ではありません。
常に新しい技術や食文化を取り入れながら、創業者が大切にした「本当のパンを届けたい」という考えを守ってきました。
これは京都の老舗企業によく見られる特徴でもあります。
京都の伝統は、変化しないことで守られているのではありません。
核となる考え方を残しながら、時代に合わせて変化することで続いています。
進々堂に見える老舗企業の特徴
- 海外の新しい技術を早い段階から取り入れた
- 創業者の考えを100年以上受け継いでいる
- フランスパンという得意分野を持ち続けている
- 食パンやカフェなど日常生活にも対応してきた
- 京都産素材など時代に合った新しいパンにも挑戦している
よくある質問
進々堂はいつ創業しましたか?
進々堂は1913年(大正2年)4月に京都で創業しました。創業者は続木斉・ハナ夫妻です。
「進々堂」という名前の由来は何ですか?
創業者・続木斉が学んだ新約聖書「フィリピの信徒への手紙」の一節をヒントに命名されたと公式サイトで紹介されています。目標へ向かって前へ進むという意味につながる名前です。
進々堂はなぜフランスパンで有名なのですか?
創業者・続木斉が1924年、日本人のパン屋として初めてフランスへパン留学し、帰国後に本格的なフランスパンの製造・販売を始めたためです。現在もフランスパンは進々堂を代表するカテゴリーです。
進々堂 京大北門前は同じ会社ですか?
歴史的なルーツは同じですが、現在の「京大北門前カフェ進々堂」は株式会社進々堂とは別法人です。創業者一族によって受け継がれています。
デイリーブレッドとは何ですか?
1952年に進々堂が発売した食パンです。公式沿革では、日本最初のスライス済み包装食パンとされています。現在も進々堂の定番食パンシリーズとして販売されています。
レトロバゲット”1924″の1924とは何ですか?
創業者・続木斉がフランスへパン留学した年です。その歴史を受け継ぐ商品として「1924」の名前が付けられています。
京都駅で進々堂のパンは買えますか?
買えます。JR京都駅中央出口から北へ約50mのJRバスチケットセンター内にJR京都駅前店があります。2026年9月1日時点の営業時間は7:30〜19:30です。
進々堂でモーニングを食べられますか?
店舗によります。三条河原町店や北山店などではモーニングを提供しています。2026年9月1日時点では、両店ともモーニングは7:30〜11:00です。メニューや営業時間は変更されることがあるため、訪問前に公式店舗情報を確認してください。
進々堂と志津屋ならどちらがおすすめですか?
ゆっくりパンとコーヒー、モーニングを楽しみたい場合はレストラン併設の進々堂が使いやすいです。カルネなど京都の日常的なパンを駅で手早く買いたい場合は志津屋が便利です。京都のパン文化を知るなら両方を訪れるのがおすすめです。
進々堂の歴史から見える京都のパン文化
進々堂は1913年、京都で小さなパン屋として始まりました。
創業翌年には火災で店舗を失いながらも営業を続け、創業者・続木斉は1924年に海を渡ってフランスへパンを学びに行きました。
帰国後は本格的なフランスパンを京都で製造し、1930年には京都大学の近くにフランス風カフェを開きました。
そこではパンとコーヒーを食べながら学生や教授が語り合う、当時としては新しい文化が育っていきます。
1952年に発売したデイリーブレッドは、パンをさらに家庭の日常へ近づけました。
そして現在も、レトロバゲット”1924″、デイリーブレッド、京小麦を使った商品など、創業者の考えを受け継ぎながら新しいパンづくりを続けています。
進々堂の歴史を見ると、京都は決して古い文化だけを守る街ではないことがわかります。
海外から新しい文化を取り入れ、それを京都の生活に合わせ、自分たちの文化として育てる。
パンは、その代表例のひとつです。
京都を訪れたときは、寺社や和菓子だけでなく、朝の進々堂にも立ち寄ってみてください。
レトロバゲット”1924″を買う。
デイリーブレッドをホテルの朝食にする。
三条河原町や北山でパンとコーヒーをゆっくり楽しむ。
そうした何気ない時間にも、100年以上続く京都のパン文化が残っています。
進々堂の最新情報店舗の営業時間、商品、モーニングメニューなどの最新情報は、進々堂公式サイトで確認してください。
ご利用にあたっての注意この記事は2026年9月1日時点で確認できる株式会社進々堂公式サイトの会社情報、歴史、商品情報、店舗情報をもとに作成しています。商品、営業時間、店舗情報、モーニング提供時間、販売内容などは変更される場合があります。実際に訪問・購入する際は、必ず進々堂公式サイトの最新情報をご確認ください。

